映画「セット・イット・オフ」について
たくさんのミュージックビデオを監督して、高い評価を受けてたF・ゲイリー・グレイ。その彼がアイス・キューズ主演の映画「フライデー」に続き、監督した長編映画が「セット・イット・オフ」(本人もギャング役でチラッと出演してる)。前評判は微妙だったらしいけど、ふたを開けてみれば大ヒットとなった映画で、特に大きな賞は受賞しなかったものの、今でもカルトクラシックとして人気のある作品。
ロサンゼルスの困窮した女性4人が、現状を打破するために銀行強盗を企てるってストーリー。タイミングの悪い不幸のせいで仕事をクビになったり、子どもと離れて暮らすことになったりと皆苦労してて、やってることはダメなことなんだけど感情移入させられて応援したくなる。お察しの通り、悲しい結末で終わっちゃう物語なんだけど、それぞれ最期のシーンがとても印象的。
主演女優は新進気鋭のジェイダ・ピンケットとヴィヴィカ・A・フォックスに、前途有望なキンバリー・エリスとクイーン・ラティファ。4人とも評価は高かったんだけど、特にジェイダ・ピンケットとクイーン・ラティファの演技は称賛されてた。ジェイダ・ピンケットにとって当たり年だった1996年、この作品以外に出演したのがエディ・マーフィー主演の映画「ナッティー・プロフェッサー」でご存知の通りこちらも大ヒット。注目すべき人物として名を上げることになる。クイーン・ラティファは映画「ハウスパーティ2」「ジュース」や、テレビドラマ「Living Single」ですでに俳優活動はしてたんだけど、この作品のクライマックスで魅せた死に際の演技は、彼女の女優としてのステータスを確立させた。
サウンドトラックについて
全米200チャートで4位、R&Bチャートで3位と大成功したサントラでプラチナ認定されてる。参加アーティストもこれ見よがしに大物ばっかり起用してるでもなく、かといって新人プロモーションが詰め込まれてるわけでもない、そんな丁度いい具合のメンバー。
7枚ものシングルがチャートインしてるんだけど、大ヒットと言うまでには至らない曲ばっかりだったのでアルバム自体の知名度もイマイチ低い。が、しかし良曲多し。いわゆるスーパープロデューサーと呼ばれるような人たちはいないものの、オーガナイズド・ノイズをはじめとした若手の有望株だったプロデューサーたちが参加。
映画音楽を担当したのは、1980年代から活躍してる作曲家のクリストファー・ヤング。ホラーやスリラーの映画を担当することが多かった人なんだけど、それ以外も色々携わってる偉大な音楽家。このコンピ盤のサントラ以外に、彼の曲が収録されたスコア盤のサントラも存在してる。
トラックリスト
- Set It Off
Organized Noize (featuring Queen Latifah) - Missing You
Brandy, Tamia, Gladys Knight and Chaka Khan - Don’t Let Go (Love)
En Vogue - Days Of Our Livez
Bone thugs -N- harmony - Live To Regret
Busta Rhymes - Sex Is On My Mind
Blulight - Angel
Simply Red - Name Callin’
Queen Latifah - Angelic Wars
Goodie MOb - Come On
Billy Lawrence (featuring MC Lyte) - Let It Go
Ray J. - Hey Joe
Seal - The Heist
Da 5 Footaz - From Yo Blind Side
X-Man (featuring H Squad)
トラックリスト詳細
②Missing You
アルバムのハイライトで豪華なコラボのバラード
新人のブランディとタミア(この頃はまだアルバムデビュー前)、レジェンドのグラディス・ナイトとチャカ・カーンによる、前座と師匠くらいのキャリアの差があるコラボの②。映画ではラストシーンで流れてきて、内容に合わせて作られたのであろう歌詞が染みる。ミュージックビデオはみんなとってもキレイで素敵なんだけど、例によって映画のシーンが随所に挿入されてて冷める。曲のクライマックスに車が壁を突き破るシーンが合わせられてるけど、そんなイメージの曲じゃない。プロデュースは80年代ブラコンを牽引したハッシュ・プロダクションのバリー・イーストモンド。全米チャートで25位を記録。
①Set It Off ③Don’t Let Go (Love) ⑨Angelic Wars
オーガナイズド・ノイズがプロデュースした3曲
まずは本人名義で参加した①、客演はクイーン・ラティファ。ボーカルを担当してるアンドレア・マーティンは作家としても優秀で色んなアーティストに曲を提供してて、例えばモニカの名曲「Before You Walk out of My Life」は彼女の作品。もうひとりのボーカル、アイヴァン・マティアスも歌えて曲が書けるアーティスト。二人で活動することが多くて、ボニーアンドクライドってアーティスト名もある。ミュージックビデオには二人とも登場してるけど、途中から現れるクイーン・ラティファがカッコよくて持っていかれちゃう。
その二人が作家として参加して、オーガナイズド・ノイズがプロデュースしたのがアン・ヴォーグの③。打ち込みを使わずバンドのみで構成されたこの曲は、アン・ヴォーグの大ヒット曲の中のひとつで、全米チャートでは2位を記録したし、その他色んな国でトップ10にチャートインしてた。その大ヒットのせいで、悲しいかな、ドーン・ロビンソンがソロに転向するきっかけを作っちゃった曲でもある。
前年の1995年にファーストアルバムをリリースしたばかりだったグッディ・モブ、そのアルバムをプロデュースしたのがオーガナイズド・ノイズ。ここにアウトキャストを加えると、アトランタを拠点にして活動してた集団、ダンジョン・ファミリーの主なメンバーになる。シンセサイザー奏者のヴァンゲリスの曲「Alpha」をサンプリングした⑨に客演してるクール・ブリーズもバックボーンもそのダンジョン・ファミリーのメンバーで、「ダーティ・サウス」って呼ばれるジャンルを築いた重要な人たち。
④Days Of Our Livez ⑥Sex Is On My Mind
DJユニークが関わってるメロウな2曲
1995年のアルバム「E. 1999 Eternal」が好評で、その後はずっとボーン・サグスン・ハーモニーのプロデュースに関わってるDJユニーク。④は彼らのオリジナルアルバムには収録されなかったけど、ファンからの人気は高い名曲。サンプリングされてるのは、フォースM.D.’Sの「Tender Love」とハーブ・アルパート(オールナイトニッポンのあの曲の人ね)の「Making Love in the Rain」。2曲ともジャム&ルイスがプロデュースしてて、後者はジャネット・ジャクソンとリサ・キースがボーカルで参加してる。全米チャートでの記録は20位。
DJユニークがA&Rとして関わったのが、詳細不明なブルーライトというアーティストの⑥。Swoop & Bright Productionsというチームのプロデュースで、こちらも詳細不明。クレジットにS.Brownって名前があったので、スリーピー・ブラウンかと思ったら別人。正体が分からない人たちが多いけど、なかなか良い曲。
⑦Angel ⑫Hey Joe
アレサの名曲とロックスタンダードのカバー
フージーズのワイクリフがプロデュースしたのがシンプリー・レッドの⑦、本人もラップで参加。サントラでシンプリー・レッドが聴けるなんて珍しい。アレサ・フランクリンのとっても素敵なバラードを、オリジナルとは全然違うヒップホップ風味にアレンジ。コーラスにはローリン・ヒルも参加してて豪華。シンプリー・レッドのベスト盤にも収録されてて、ちょっとだけ違うアレンジになってる(ミュージックビデオの音源にもそちらが使われてる)。UKチャートで4位。
突然毛色の違う曲が流れてくるのでビックリする⑫、シールが歌ってるって気づかなかった。スペース・ジャムのサントラの時もそうだったけど、いつも渋いカバーを聴かせてくれる。彼のカバーアルバム「Soul」もおススメしておく。この曲はせーので録ったであろうライブアレンジなんだけど、バンドメンバーのクレジットがない。実は凄腕たちが参加してそうで気になる。
⑧Name Callin’ ⑩Come On
女性ラッパーのパイオニア的アーティストが参加
2023年に亡くなってしまった巨匠の45キングがプロデュースしたクイーン・ラティファの⑧、曲の後半で聞こえてくる声はニッキー・D。45キングとお仕事するのは、1989年にリリースした彼女のデビューアルバム以来で久しぶり。この曲が原因でフォクシー・ブラウンとの確執が生まれたらしく、その後ビーフのやり取りが繰り広げられる。後に仲直りして、フォクシーがラティファのショーに出演して「Na Na Be Like」を披露してた。
可愛い声が特徴的なビリー・ローレンスの⑩、客演はMCライト。プロデュースしたのは、知る人ぞ知る、ダレル・ディライト・アランビー。LSGとかSILKとかのプロデュースで濃厚スローが得意なイメージのダレルだけど、こんな感じの曲も、ビートなのかリズムなのか分かんないけど、そこはかとなくダレル感があって好き。本人のセカンドアルバムのリードシングルとしてリリースされて、全米チャートの記録は44位。
⑤Live To Regret ⑪Let It Go
ソロデビューと正真正銘デビューしたばかりのアーティスト2組
1996年にソロデビューしたばかりだったバスタ・ライムスの④、プロデュースは彼のデビューアルバムの曲にも数曲関わったDJスクラッチ。コーラスで参加してるのはMikaってアーティストだけど詳細不明。サンプリングされてるコーラスは、女性コーラスグループであるブラウンストーンの「Grapevyne」から(この曲もカッコいいのよ)。イントロから聞こえてくるギターは、メイシオ・パーカーの「The Soul of a Black Man」からのサンプリング(収録されてるアルバム「Us」は名盤!)。
歌姫ブランディーの弟、レイ・Jのデビュー曲。声変わり前みたいに初々しい歌声が、お姉ちゃんにそっくり。クラビネットみたいな音がスティーヴィーの「迷信」っぽくてカッコいい曲。プロデューサーはキース・クラウチで、お姉ちゃんのデビュー曲もプロデュースしてた。バックコーラスにはデビュー前のラサーン・パターソンが参加してて、こちらもお姉ちゃんに曲を提供したことがあるアーティスト。全米チャートの記録は25位。
⑬The Heist ⑭From Yo Blind Side
西海岸の香りが漂うグループ2組
ウォーレン・Gが立ち上げたレーベル、Gファンク・エンターテインメントに所属していたDa・5・フッタズの⑬。珍しい女性5人組のヒップホップユニットで、メンバー全員が小さかったから5Footaz(5feet)って名づけられたそうな。メンバーのJAH SKILLZはウォーレン・Gのファーストアルバムに参加してて、彼女のソロみたいな曲で堂々とラップを披露してる。プロデュースはウォーレン・GがライブDJとして起用してたDJレクタングル、DJバトル用のレコードではお馴染みの人。マニアの間では人気のグループで、錚々たるメンバーが参加してるアルバムもGファンクの名盤として名高い。
めちゃめちゃ西海岸なオープニングの⑬は、ビクター・X-MAN・テイラーって名前の方が多分知られてるアーティストで、サントラに時々参加してるのを見かけたりする。アイス・キューブが「ヒップホップ界のジミー・ジャムとテリー・ルイス」と呼んでいるらしい、一人なのにね。ベースを持ってる姿が多いので、どちらかと言えばブーツィー・コリンズっぽい。
最後に
前述してるけど、このコンピ盤のサントラ以外にスコア盤のサントラも存在してて、映画音楽を担当したクリストファー・ヤングがプロデュースしたロリ・ペリーの「Up Against the Wind」という名曲が収録されてる。歌モノだからコンピ盤に収録されてもよさそうなんだけど、ちょっと毛色が違い過ぎたのかもしれない。この曲も収録して、歌モノ完全版としてリイシューしてくれたら最高。
残念ながら国内版のDVD等は現在絶版中で入手困難(オークション系とかメルカリなら入手できるかも)。下記の海外版なら今でも入手可能。
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